成瀬巳喜男作品は好きで、いろいろと観てきましたが、この作品があったこと自体知りませんでした。今回BS日本映画百選で山田洋次監督が選んだ一篇として観ました。一言で云って、なかなか味のある佳作でした。戦後の東京郊外に住む一家族を丹念に描いてくれました。一家の柱父親を失っても明るくてしっかりと生きてきた日本の母を演じたのは田中絹代でした。甥子哲夫を預かりながら自分の子久子を父方の実家にあげてしまうという母親の生活苦の中での苦しい選択と子供たちの幸せを第一義として健気に生きていく姿を描いていますが、成瀬監督はそれを只教条的に上から観客に押し付けるのではなく、淡々と一歩引き下がって遠くから眺めていました。だから逆に観客の心を捉えてはなさいのでした。もらわれていく妹久子が「忘れ物した」といって家に戻って壁に貼っていた母の似顔絵を剥がして持っていくシーンには涙がにじむほど忘れられないものでした。そして久子は新しい家でその絵を壁に貼ることなくそっと引き出しにしまってしまうシーンもなんとなくわかるしおかあさんに対する強い想いが偲ばれているのでした。長女年子の香川京子は18歳で体は大人であるが心は大人になりきれない思春期の乙女でこの作品を決定付けたすばらしい生き生きとした演技でした。この母にこの娘ありといわれるほど年子はお母さんが大好きなのでいつも心配しています。クリーニング店を加東大介に手伝ってもらっているがへんな噂を聞いて悩んでいる年子の気持ちを大切にして別の若い人を雇うことにしたりしている。なんとなくこれからどうなるかと云うところで終わっている。(1952年)